じんくんのWEB日記


by jinkun_40
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「フィジー諸島のリバイバル」

フライデーファックス 2005年 第45号 11月18日発行 より引用

フィジー諸島のリバイバル
 フィジー諸島で、過去数年間に起こったことは真にリバイバルと呼ぶことができる。 フィジー諸島の牧師であり、ACCF(フィジーキリス教会連合)の副会長であるラトゥ エペリ カナイマウイは、2005年5月にインドネシアのジャカルタで開かれた『トランスフォーム ワールド カンファランス』に招かれ、世界からも1000人を超えるクリスチャンリーダーたちがそこに参加した。 次に述べるのは彼のレポートから抜粋したものである。

[正義が増す時]
 「正しい人がふえると、民は喜び、悪者が治めると、民は嘆く。」 この箴言(箴言29:2)は世界のどこででも真理であるように、フィジー諸島でも真理である。 フィジー諸島には人口の多くを占める2つのグループがある。 43%を占めるインド人と、52%を占める原住民のフィジー人である。 フィジー人の99%はクリスチャンである。 インド人は多くがヒンズー教徒で、イスラム教徒やシーク教徒は目立たない少数派である。 この2つのグループにおける顕著な文化的、宗教的違いは、長年の間、民族的不和を引き起こし、政治的声明も強硬なものとなっていった。

[選挙と反乱]
 インド人が多くを占める労働党が1986年に議会選挙で勝利を収め、最初の政府を組織した。 原住民のフィジー人はこのことに対し、自分たちの土地を治める権利が奪われたように感じ、全く好意を持たなかった。 彼らはすぐに軍隊を動員し、インド人主導の政府を引き下ろしにかかった。 この反乱は、2つのグループ間の緊張を増すだけに終った。 この反乱は無血ではあったが、和解のプロセスを10年以上も引き戻すことになった。 国は最初の反乱から回復しつつあったが、2つ目の反乱が、労働党が再び勝利した1999年の選挙で起こった。 フィジー人大統領は、最初のインド人首相を就任させたが、彼の在任期間は短期に終ることとなった。 若いフィジー人、イリキミ ナイティニが率いクーデターを起こし、首相と閣僚たちを人質にし、議会ビルに56日間立てこもった。 19人が殺され、多くの人々が傷を負わされたり、虐待されたりした。 国は1987年よりもさらに大きな苦難に直面した。

[歴代誌第二 7章14節]
 フィジーの歴史の中で最悪の状態の時、おもにクリスチャンの人々が神に向かい、歴代誌第二7章14節のみことばを握り、助けを求めた。 フィジーの上流社会の人々から、人里離れた村人にいたるまで、だれもが祈った。 フィジー中の役所で、多くの祈りのグループがつくられ、部族のリーダーや長たちが、皆を励まし祈った。 国中の人々が祈った。リーダーたちも、信仰の違いを脇に置き、一致を求めた。 2001年5月までに、14の教会のリーダーたちが呼びかけに応じ、協力の方策を話し合うため、フィジー諸島メソジスト教会会長のもとに集った。 以前は、教会や教派の間では、神学的な違いなどのために、互いにある程度の距離を置いていた。 しかし2000年5月の反乱によって、教会が互いに歩み寄るためのちょうど良い雰囲気がつくられた。 そして、それは神が不可能を可能にされる時でもあった。 『フィジーキリスト教会連合(ACCF)』が、2001年7月8日、ラトゥ ジョセファ イロイロヴァトゥ ウルイヴダ会長によって公に設立された。 この連合は4つの目標を掲げている。
1 すべての教会を結び、一致へと導く
2 神の愛を実践する
3 神を恐れるリーダーを建て上げる
4 フィジーにおける和解により、平和と繁栄をもたらす
 神は民の祈りに答え、フィジー諸島に新しい政府とリーダーたちを与えられた。 新しい政党は2001年の選挙で劇的な勝利を収め、前のリーダーたちはおよそ一晩で政治の舞台から姿を消し、ライセニア ガラセ首相のもとに新しい政府が政権を取った。

[政治家が模範を示して導く時]
 政治的指導者たちが、大統領と首相から始まり、へりくだって自分たちの行いを悔い改めた。 2001年、ライセニア ガラセ首相は、アルバート パークにおける公式なセレモニーで、公に神に赦しを乞うた(その模様はジョージ オーティス ジュニアのビデオ『海は鳴りとどろけ』に収録されている)。 ガラセ首相は就任直後、国民和解統一省を設け、2001年7月8日に、大統領のラトゥ ジョセファ イロイロヴァトゥ ウルイヴダと夫人のアディ サラセイニ カヴ ウルイヴダは、アルバート パークで和解のたいまつに火を点した。 この出来事はACCFの始まりでもあった。
 土地のいやしのプログラムはわずか3年の間、穏やかになされてきたのだが、和解と一致と本当の奇跡のメッセージがすぐに広がった。 そしてそれは非常に大きな必要であった。 今では多くのサポートが得られるようになった。 土地のいやしのチームリーダーで、リーダー的リバイバル説教者、ヴニアニ ナカウヤカの息子のサヴェナカ ナカウヤカは次のように語る。 「神がここでなされていることは想像を超えています。 毎晩集会所は、周りの村々から神の働きを見ようと訪れる人々であふれています。 驚くなかれ、1つの集会で3人の体の不自由な人がいやされたのです。 皆びっくりしていました。 特に、若いチームメンバーたちは神様の恵みを経験しています。 チームがこの病人たちのために祈って、病人たちは自分の足で歩いて帰ったのです。 主をほめたたえます。」 彼はさらに次のように付け加える。 「周りの村々から、人々は病院に行く代わりに、土地のいやしチームの集会に、いやされるためにやって来るのです。」

このプロセスはビジネスの世界にも影響を与えている。 いくつかの例としては:
・仕事の数が増え、失業者が減ってきている。
・建築産業が急発展しており、前よりも複合的なプロジェクトも増えている。
・観光業も莫大な増加を見せている。 ホテルは予約で満室で、需要に見合う宿泊施設が十分にない状態である。
 クリスチャンの国家的リーダーたちも数を増しており、人々は幸せである。 通りを行き交う女性や子供たちの顔にも笑顔が戻った。 フィジーに対する外国からの信用も回復し、外国からの投資も増加している。 法と秩序も回復された。
情報提供:R.E. Kanaimawi さらに詳しくは:www.sentinelgroup.org 
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by jinkun_40 | 2006-01-04 22:10 | Friday Fax