じんくんのWEB日記


by jinkun_40
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カテゴリ:セル教会( 3 )

「手渡しのDNA」

ICBCの10月23日礼拝メッセージの内容です(説教者:石原良人師)。
音声は、http://www.icbc.net/message/20051023.htmlからMP3ファイルで聴く事が出来ます。 

霊的洞察
クリスチャンになりたてから私は考えていた。 神は素晴らしいが、クリスチャンと言われる人々はあまり真剣ではない。 日本のキリスト教を見て、支配する牧師や窮屈な組織にゴマをするために自分を可愛がって生きている者はたくさんいるが、本気に聖書通りに生きようとする者がどれだけいるだろうか疑問だった。 それで、自分で教会を始めようということになった。
聖書通り、イエスのされた通り、パウロのした通りとはどんなものかずっと考えてきた。 今私は一つの大教会を作ろうという思いはない。 イエスの方法で、パウロの方法で、日本に神の国を浸透させたいと考えている。 そのためには本物でないと、影響力がないことを知って頂きたい。
手渡しのDNAとは? 聖書をシンプル化し、誰もが受け取れるようにしたものだ。
「過激に神を愛する」 「過激に隣人を愛する」 「コミユニティを作る」 これだけだ。 
これを生きていれば、次の人材に手渡しできる。 これは生きていないと手渡しできないものだ。
このメッセージをキャッチし、行動し、それを神が軌道に乗せて下されば、10年間で日本はキリストで有名な国になるはずだ。 ジョシー
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by jinkun_40 | 2005-10-24 22:09 | セル教会
以下の文章は、4月17日号の「リバイバル新聞」に掲載されたジョシーさんの文章に一部書き足して「石原牧師のセルチャーチ講座」に掲載されているものです。

 「なぜなら、さばきが神の家から始まる時が来ているからです。」(第一ペテロ4:17)
 「しかし、もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはありません。」(第一コリント11:31)

対岸の火事ではない
 聖神中央教会の少女に対する婦女暴行ニュースを聞いて、神のさばきの時が始まったと思った。 なぜなら、私は解放に関わりながら聖神中央教会の問題だけでなく、正統的と思われてきたキリスト教会の内部からも虐待の痛みを良く耳にしていたからである。 中には性的虐待もあるし、牧師からの誹謗中傷による人権侵害になれば数は多い。 信頼している牧師から誹謗中傷を受けた信者たちがトラウマを持った後、彼らに待っているのはさまざまな心身の機能障害に苦しむことだ。 気を付けないと教会は悪魔の側につき破壊者になり得る。 テレビの中で訴えていた牧師の神格化、権力正当性を訴えるための言葉、献金の強要、祈祷会を休んだ子供たちへの暴力暴言・・・似たような教会を知らないだろうか? 昨日ある方からメールが来た。 「テレビを見ていて、教会の体質はうちと似ていると思いました。 牧師は何をしても正しいというところが・・」
 牧師たちは勘違いしてはならない。 それは、教理さえ正しければ、カルト化されることはないと思い込むことだ。 教会のカルト化とは牧会体制に関することだ。 私も過去をたどれば自分の支配が強すぎ、人々の気持ちを大切にできなかった時期があった。 そのために「嵐の中の教訓」(小牧者出版)を通過しなければならなかった。 これ以上キリストの御名が日本で汚されないようにしよう。 過去はもういい。 今が方向性を変える転機ではないだろうか? そうしないと、虐待を受けた人々は今までよりも容易に牧師を告発するはずだ。 そうすると、日本宣教に致命的な打撃を受けることになるだろう。

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by jinkun_40 | 2005-04-20 10:00 | セル教会

「名前のない教会」

今回のグローバルサミットのテーマは、「名前のない教会」
(Church with no name)というものでした。
最初のセッションの挨拶の中で、主催者のベン・ウォン師は「名前のない教会」について、こう語りました。
この言葉は、ある中国の教会の詩に出てくる「名前のない説教者」からとりました。
もちろん、この説教者には名前があるでしょう。しかし、だれも彼の名前を知りません。 彼は、名前を知られることなく忠実に神に仕えた人物でした。
みなさんの中に自分の教会の名前が知られるようになりたい、そのような誘惑がありませんか?
もし無いつもりでも、いざ何かのかたちで成功したとき、私たちの堕落した人間の心は、どうしてもそのような誘惑にかられ、そして次に「名のある教会」になると、今度は人をキープしたくなってしまう誘惑にかられるのではないでしょうか?
私たち人間の心は絶望的に弱いのです。
つまり、私たちは、自分の教会に人を集めたくなってしまうという誘惑に陥りやすいのです(もちろん数的成長も重要な要素であると断ったうえで)。 
これはキリストの教会の中で、刷新される必要のある悪い性質です。 教会は、神が召しているそれぞれの分野でただ忠実に神に仕える人物を必要としています。
メディア社会の今、「名前のない教会」になることは、簡単ではありません。 
現代、多くの有名な教会があり、私たちは頻繁にそれらの”すごい”教会の名前をとりあげます。
そこには、私も”すごい"教会を作りたいという無意識のプレッシャーが存在しています。
その結果以下のような点で、力強い御国の展望を持つ事を難しくしています。
・自分の教会の成長を犠牲にしてまで、最高の人材を未伝地域に送りたくなくなる。
・自分の教会に都合が悪いとき、他教会の成功を助ける事が難しくなる。
・教会の数的成長につながらないかもしれない地域社会の必要に答えたくなくなる。
  多くの場合、必要のある人は成長に時間がかかる。
・自分の教会に直接利益をもたらさないことをしたくなくなる。
・教会が集まるとき、”すごい”教会になるために何かを得ようとする(受け身になる)。
私たちはもちろん名前を持っています。 しかし、名前のために生きるのをやめて、みんなで「名前のない教会」になりましょう。 
「あなたの教会は、私の教会」という時代にしていきしょう。
そして、真実の御国の国民、御国の教会になりましょう!
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by jinkun_40 | 2004-11-27 18:22 | セル教会