じんくんのWEB日記


by jinkun_40
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カテゴリ:日記( 52 )

親の立場の方が、これを読んでいたら、考えた方がいいよ。
お父さん、お母さん、子どもは冷静に物事を見ているよ。
話しを良く聞いたらいいよ。 問題から逃げないこと。
子どもたちはバランスを持って親を見ているから、意見を大切にした方がいいね。
自分が変わるきっかけになると思うよ。
これは、「ジョシーのココロが楽になるブログ」からの引用です。
このタイトルの記事、とても感動です。
ジョシーの癒しの記事も良かったけど、上記の言葉もココロに残った。
自分も子ども達とこういう話を出来るようになりたいなと思う。
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by jinkun_40 | 2006-01-23 21:24 | 日記
ある大阪の仲間が幻を見たんだ。それは海の上で一生懸命ボートに乗り、オールで漕いでいる自分。前に進むために必死なんだ。一生懸命漕いでも進まない。そんな自分に「オールを捨てなさい」と語られた。「え?オールを捨てたら前に進めないよ!」って言い返すと、「オールを捨てて、帆を張りなさい。私の風で前に進みなさい。」と語られた。その声を聞いて、オールを捨て、帆を一生懸命張る。そうすると目的地に向かい、ボートが自然と進んでいくんだ。前に進んでいくと、自分以外のボートがたくさん見えてきた。中には必死にオールで漕いでいる人、帆を一生懸命張っている人。みんな目的地に向かって進んでいる。そんな幻だ。

この文章は Tacchi's Blog からの引用です。
オールを捨てるのは、確かに恐い。でも捨てて帆を張る時にすばらしい天ぱぱの恵みを体験出来るんだなと思う。
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by jinkun_40 | 2006-01-17 16:20 | 日記
 「御心じゃなかったらどうするのってねぇー。 大切なのは、あなたの動機でしょう。 自分の動機をよく吟味して、本当に、誠実に神様のために働きたい、宣教地に出たいと思ったなら、神様の御心はどうかなんて、そんなに心配しないくていいんですよ。 神様はダイナミッックなお方ですよー。 主に喜ばれることをしたいと心から願っているなら、主はあなたをどうにでも用いることができるんですから。」

この文章は「はちことぼぼるの日記」の「御心を間違えちゃったら」という文章からの引用です。

自分もみ心かどうか分からないので、結局しなかったという経験が結構あります。 失敗するよりも、何もしない方がいいという感覚。
日本人らしいとこかな・・・

でも天ぱぱは何をしたかという事よりも、どのような動機で行動したかに目を留めておられる方だと最近思います。
まさに、「人はうわべを見るが、主はこころを見る」だなと思う。

失敗を恐れずに、愛の動機でチャレンジしていきたいと思った記事でした。
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by jinkun_40 | 2006-01-16 15:57 | 日記
友達のたいちゃんのブログ「休職日記」に「父親との食い違い・・・」という記事がある。 とても印象的な記事だった。
その中に
俺たちが本当にあなたにとって価値があるというメッセージを、 『問題から逃げない』という形であらわしてほしい。
という言葉があった。
自分の子どもたちも同じような事を感じているかもしれないと思う。
と同時に自分も他の人との関係で同じような事を感じる事がある。

家内との関係でも共に天ぱぱの価値観で生きて生きたいと思う。
でも家内がそのような姿勢を見せてくれない時、とても寂しさを感じ、
それを怒りという形で自分はぶつけてしまう事が時々ある。

たいちゃんの記事を読みながら、そんな自分の姿を思った。
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by jinkun_40 | 2006-01-16 15:32 | 日記

「アサーション」

みなさんは、アサーションで聞いた事ありますか?
相手の権利を奪わない形で、
 自分の正直な気持ちを率直に表現し、
 そのことで自分が不愉快にならない、
 そんな人との関わり方が「アサーション」です。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/assert/assert.htmにはありました。

良いコミュニケーションを持つための道具です。

以前、こんな事を聞きました。
自己表現の3段階
1.まず自分の意見を何でもいいから言う。
2.相手が受け入れやい言い方をする。
3.自分も相手も満足する言い方をする。

自分にとって新鮮だったのは、1番目のことです。
1番目の段階を抜かしてすぐに2番目、3番目を目指しやすいなと思いました。
でもそれはかなり難しい事だということです。
自己表現するのが難しい人の場合は、まず自分の考えを話すところから
練習をスタートする事が大事なんだなと思いました。

みなさんはどうですか。
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by jinkun_40 | 2006-01-13 21:20 | 日記
今回は、「愛されないと愛せない」というジョシーのブログを読んで感じた事を書きます。

これを読んで以前に読んだ、ある本を思い出しました。
著者は「岩月謙司」さんという元香川大学教授の方で、「女性のオトコ運は父親で決まる」という本です。
ある独身の宣教師の女性の方がとても良かったと言って紹介してくれた本です。
他にもたくさん本を書いています。 私も何冊か買って読みました。 
そしてしばらくはまっていました。 
この本の内容をある時、話したらある女性がとても起こって来ました。
多分父親との関係で大きな傷を負っていた人だったんだと思います。
天パパ抜きでは、「女性のオトコ運は父親で決まる」では余りにも希望がないですしね。

ただ今回検索してみると、「準強制わいせつの容疑で逮捕」され、拘留中だということです。
テレビでも紹介されて有名になっていましたが、その治療方法からこういう危険性は十分に感じます。

岩月氏が分析している内容は納得できる部分が多くあります。
ただ、治療方法となると自分は真似が出来ません。
違和感があるし、自分の弱さもあるので性的な罪を犯してしまうと思います。

ただ、思い残している部分を天パパ抜きで満たそうとするとこういう方法が必要なのかもしれないとは思います。

そんな事を思いながら、ジョシーの新しい本が出版されるのを楽しみにしています。

「岩月謙司のホームページ」
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by jinkun_40 | 2006-01-03 19:50 | 日記

あけおめ~!

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2006年になりましたね。
今年もみなさん、よろしくお願いします。
ネットを通しても心と心の絆を強めていきたいと思っています。
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by jinkun_40 | 2006-01-02 16:09 | 日記

「ふうけもん」

b0039295_207129.gif昨日「VIPあざみ野」の集まりで「右近勝吉」さんの話を聞いた。
右近さんの話を聞くのは、2度目です。
この人は不思議な人です。 話はお世辞にも上手とは言えません。 
でも人をひきつける魅力のある人です。
飾らず、講演にも作業着で来られます。
この人にふれていろいろな方々が力をもらっています。
それは本を読むと良く分かります。
ただ、そのいのちを体験するには、一緒に過ごすことだろうなと思います。

私が読んだ本は、「人のために人となる人―元祖便利屋の心意気」ですが、現在発売されていません。
今読むことが出来る本は、「平凡な私が月300万円稼ぐ7つの理由」です。

この方を紹介する映画を現在制作しようという動きがあるそうです。
詳しくは、「ふうけもん」を見てください。

インターネットで検索するといろいろヒットしますが、その中から紹介します。
「ニート」
これは月刊誌「いのちのことば」というものに連載している文章です。
便利屋、右近勝吉の半生
これはハーベストタイムというテレビ番組でのインタビューをもとにしての文章です。
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by jinkun_40 | 2005-11-23 20:30 | 日記

「ミッドライフ」感想

前の記事で、人生のコーチより「ミッドライフ」という文章を紹介したけれど、その感想です。
人生の前半一応のことをやってきて、何か空しさを感じている。 かといってこの先も見えない。 ある人は30代までは浅い、流れの早い川であると。 
40になると急に川幅が広がって湖に出てしまう。 対岸を見つけるまで数年かかるという訳だ。 この時期、もう一度自分を見直し、現在地を知ろうとする。 また、いままでの価値観が変わってゆくのを体験する。 
うすぺっらなものから「本物志向」に変わる。
これを読みながら、ここ数年の自分の姿にピッタリだなと思った。
自分は今45歳。 広い湖の中で、岸が見えずに右往左往している。
なんかとても不安定な感じです。 早く岸に着きたいな~。

そんな事を思っていた時に、「舟に乗り込まれると、風がやんだ。」(マルコ6:51)を思い出した。 イエス様に舟に乗ってもらえばいいんだ。
イエス様は「しっかりしなさい。 わたしだ。 恐れることはない」(マルコ6:50)
って言ってくれてるんだもんね。
イエス様、一緒に岸を目指しての船旅を導いてください。
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by jinkun_40 | 2005-11-08 17:56 | 日記
詩篇1:5は、バルバロ訳では「罪人は正しい人の集会に、耐えられない。」
となっています。 なぜ立てない(耐えられない)のだろう・・・

罪人とは、新共同訳では、「神に逆らう者」と訳されています。

「正しい者の集い」とは、「そうした人は、神様がお望みになることを何でも喜んで実践し、いつも、おきてのことを考えては、どうしたらもっと神様に近づけるかと思いめぐらします。」(詩篇1:2 リビングバイブル訳)という人たちが集まり、その恵みを分かち合い、告白し合い、祈り合っている集まりだと思う。

その中で起こる事は、「みなの者によって罪を示されます。 みなにさばかれ、心の秘密があらわにされます。」(Ⅰコリント14:24、25)という事ですね。

でも罪人(神に逆らう者)は、その光を拒否するので、正しい者たちの集まりにい続ける事が出来ずに、自分からその場を離れてしまう。
そのような人は結果として、手入れをされず、水が切れて枯れてしまう鉢植えの花のようになり「滅びうせ」てしまうという。

自分は光に照らされた時に、光から逃げていくゴキブリのような者ではなく、光に近寄ってくる虫のような者でいつもいたいと思う。 

天パパ! よろしくね。
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by jinkun_40 | 2005-11-04 14:47 | 日記