じんくんのWEB日記


by jinkun_40
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カテゴリ:Josie's Web( 15 )

Josie's Web からの引用です。

2007年 4月9日 「社会に出られない教会内ひきこもり」

先日久しぶりに地域の牧師会に出た。 びっくりした。 なぜならみんなが本心を話すようになっていたので、居心地がよかった。 ここまで親密になれたのは、セル的な雰囲気が浸透したからだ。 それぞれがそれぞれの働きを尊重している。 ここまでいい仲間になれたことを感謝している。

さて今日話したいことは、そこでのひとつの分かち合いに関してだ。

ある牧師が自分の教会の若者たちが社会に出て働くことができず、教会だけの交流を楽しんでいるのが問題だと告白した。 いわゆるニートだ。

彼らの親たちはクリスチャンで、小さい時から教会以外の交流を持たせないようにしてきた。 それによって社会への適応障害、教会内ひきこもりとなってしまった。 彼らは子どもの時から付き合っている仲間たちとの人間関係を乗り越えて、外の人々と人間関係を持つことができない人たちだ。

そういえば私の牧会生活でも過去に中学生たちが日曜日に部活に行かないように奨励していた時があった。 何があっても礼拝に来ないと霊的ではない雰囲気の時代もあった。

しかし、あの頃の教会は非常に伝道的で、街に出かけてはいろいろな人々に関わろうとしていた、つまり外向きであったので、社会に対する適応障害なるものからは免れた。

子どもたちが自分の信仰として日曜日を聖別したいのならばそれでよいが、運動が好きで部活に行きたいと言うならば学校の中で神の価値観を持って生きることを励ます方が彼らの傷にならないし、自分の意思を尊重してくれた親と教会指導者を尊敬するに違いない。

子どもたちを教会という枠の中だけで生活させていると教会内ひきこもりになり、いずれ社会の人々に対して対人恐怖を持って生きることになる。

子どもたちを教会内ひきこもり、ニート、社会での適応障害にさせないためにも、もう一度根底から考え直すべきではなかろうか?


その牧師が告白した言葉の中に考えなければならないことがもう2点ある。 就職しない子どもたちに向かって親たちが批判し始めているので、子どもたちは教会という居場所も失いかけていること。 ある子どもたちは、社会に出たくないので神学校に行って牧師になりたいと言い出していると言う。 牧師は気楽な職業だと思っているらしい。

もし、牧師という働きが、社会で適応できない者たちの隠れ蓑になる可能性があったならば、今日の牧師たちの中に、社会性のない人たちがいるはずだ。 会社に入って主を証しする自信がない為に、牧師という職業を選んでいたとしたら、その傘の下にいる信者たちは、養われる可能性がないということだ。


もうひとつ今回オレが話題にしたいことは、霊的という意味を再点検すべきではないか? という点だ

「この世と調子を合わせてはいけません。」という意味は、「この世の価値観に合わせてはいけません。」という意味で、「未信者の友達と関わりを持つな!」と言っているのではない。

もしこのみ言葉を、社会性がない自分自身が社会に出て行かないための隠れ蓑にしているなら、悔い改めるべきではないか? そうしなければ、教会はひきこもりの館になってしまう。 教会は神を愛し、隣人を愛していくコミユニティのはずだ。

イエスがいつも外に出て心の貧しい人たちに近づいて行ったあのモデルを思い出そう。 使徒時代の教会が自分たちだけで固まろうとした時神は迫害を許すことで信者たちを世の中に散らされことを思い出そう。
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by jinkun_40 | 2007-04-16 20:35 | Josie's Web
ジョシーのブログに掲載された、仲間のかっつんの体験談を紹介します。
かっつんは、自分も尊敬する素敵な大学生だよ。

前回と同じ夏の集中合宿のときの話だよ。
合宿の二日目の夜だった。
そのグループは、
10人くらいも部屋にいたにも関わらず、
話す話題もなく、
沈黙するときが多かった。

僕は、自分が話さないといけないような感じがして、
沈黙を破るために、
初日から、
話題を見つけては積極的に話していた。
でも、
セッションがいくつか続いている一方で、
ときおり、沈黙が起こる。

また沈黙、また沈黙、、
僕は、
なんだかあせっていた。
なんであせっているのか、
分からなかった。
沈黙の間、
特に話すこともなくみんなうつむいている。
僕が、まとめないといけない、と衝動的に思い、
「目的をみんなで一人ひとり確認しない?」といった。
なにかばらばらなような感じがして
すごく不安だった。

そのグループのなかにいる40代の女性の方に
「かっつんは何がしたいのかな?」
「そうすることで
一番安心したいのはかっつんじゃないのかな?」
と質問された。


つづきはこちらから。

http://josie.livedoor.biz/archives/50828023.html
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by jinkun_40 | 2007-02-16 16:54 | Josie's Web
今回もジョシーのブログからの引用です。

奥さんが夫をコケにするケースもたくさん聞いた。
「あんたそんなこともできないの!アホとちゃう?」
なんて言って、
子どもの前で平気で夫をけなす妻もいる。
ええっ、信じられない、という人いるかもね。
でも本当の話だよ。

それも連日、連夜、バカにする。
「ボケナス!とんま!マヌケ!」
「あんたなんか死んだ方がいいんとちゃう?」
こんなこと言う妻もいるようだ。。。。
こういうことを言われる家の夫は
だいたいがおとなしい。
何を言われても、反撃に出ない。
言われっぱなし。。。。

つづきはブログの方へ。

http://josie.livedoor.biz/archives/50826912.html
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by jinkun_40 | 2007-02-16 16:38 | Josie's Web
以下の内容はジョシーのブログからの引用です。
あなたは本心を妻に話しているか?
あなたは本心を夫に話しているか?
あなたは本心を親に話しているか?
今日は本心を夫に話したことがない人が
非常にたくさんいるという話。。。。
どうやって夫婦をしてるの???

続きは
http://josie.livedoor.biz/archives/50822344.html
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by jinkun_40 | 2007-02-09 21:15 | Josie's Web

「ハグの力」

「ジョシーのココロが楽になるブログ」からの引用です。

あるアメリカの研究にこんな結果があります。

子どもが親から
一日4回のハグを受けるのは生き残るため
一日8回のハグを受けるのは普通に生きるため
一日12回のハグを受けるのは成長のため

奥さんに定期的にハグするだんなさん
ハグしない男性より3年も長生きする。


別の結果からは

奥さんは健康のために
一日8回はだんなさんからの
ハグが必要だそうです。


健康的な愛情にもとづいた
ハグはどうやら
生きるか死ぬかの
問題でもあるようです。

おもしろいね。
さ~ みなさんは、どれくらいハグしていますか?
またされてますか?


我が家は、こどもはもうハグさせてくれない年齢なので
(したら、セクハラという言葉が飛んでくるよ)

家内の健康のためと
自分の長生きのために、
一日8回を目標にしてみようかな (笑)
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by jinkun_40 | 2007-01-21 16:05 | Josie's Web
ひさびさにジョシーのブログからの引用です。
全体は
http://josie.livedoor.biz/archives/50787855.html
を見てください。

★☆ 2007年 心に留めておきたいポイント ★☆

(1)両親がいても いない日本の精神的孤児たちに
  父としての愛を現すこと。

  愛とは「気持ちを分かってあげること」。
  本物を求めるココロのないところには
  本物の愛もない。
  自分の中に、
  そのココロがあれば
  愛(無条件で分かってあげる)がある。

(2)情報過多の時代なので、その人物に本物を求める心が
  あるかどうか洞察すること。

  愛から出ていない意見は
  どんなに素晴らしく見えても
  価値がないと見抜くこと。

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by jinkun_40 | 2007-01-01 12:42 | Josie's Web
以下の文章は、「Josie's Web」からの一部引用です。

2005年 10月 28日 「神は教会を最終的に初代教会の状態に戻すはずだ」
教会の将来について私は2つのことを信じている。
1)神は世界に対して教会(キリストの体)をご自分の望むところに完成させてから、世の終わりが来る。
2)日本に対しても神は役割を持っておられ、必ず神はどん底から日本を救い出し、霊的にも世界に影響を与える国となる。

中略

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by jinkun_40 | 2005-10-29 21:10 | Josie's Web

「9月を振り返って」

2005年 10月 9日 「9月を振り返って」 (「Josie's Web」からの引用です。)
 疲れはないが、気が付いたら時間が新幹線「のぞみ」のように過ぎていた。 明後日から沖縄に二週間出かける。 一般の教育講演会のためだ。 

<窮地に立たされた日本>
 先日服部さんが国会で開かれた代議士たちのための講演会(勉強会)の講師に呼ばれていたので、一緒に出席した。 そのとき「少子化問題とひきこもり」について彼は現実と対策を話した。 私も最後に少し意見を言わせてもらったが、これは非常に深刻な問題だ。 
 日本は見合い結婚時代が終わって、恋愛結婚時代に入っていることを知っているだろうか?昔は恋愛ができなくても親たちが勝手に組み合わせて強引に結婚をさせてくれた。 その時代は終了したのだ。 ということは、恋愛、心の人間関係、人を愛すること、男ならば女性を大切にする行動、もう一つ男ならば、男らしさと包容力がないと結婚が難しいということだ。 無理矢理結婚したとしても、今並べた性質がないとしたらすぐに離婚ということになる。 もっと恐ろしいことは、ひきこもりは結婚ができない病気であるということだ。 現時点で160万人、予備軍は人口の6割から8割と言われている。 少子化どころではない。 少ない子供たちの多くがひきこもりの両親によって育てられている故に、子供もひきこもりの可能性が高いのだ。 
 代議士の方々、政策秘書の方々は興味深く聞かれていたように感じたが、実際これからどのように進んで行くのだろうか?政治を司るリーダーたちに期待したい。 真剣に対策を練って欲しい。 
 出エジプトしたイスラエル人はカナンの約束を聞いてはいたが、信仰によって心が神と結びついていなかったがゆえに、また「心が頑な」であったゆえに、40年間荒野をさまよい、第一世代はみなカナンの勝利の生活を体験すること無く滅びてしまった。 約束の地に入ったのは、第二世代であるヨシュアたちであった。 
 これから日本は大変な時代に突入すると考えている。 服部さんが言う文化崩壊を別の言葉にすると国家レベルでの大パニックになるということだ。 
 不気味なニュースが聞こえるようになった。 オイル価格の急騰、地方自治体を含めると1000兆円あまりの国の負債、地震が過去に比べ多発していること、ひきこもり、ニート、鬱病患者がこの6年で3倍増加、リストカットとボディカット、自殺・・・
 自分のことだけを考えて生きている者にとって、周りの変化が見えないかも。 しかし、天パパの心を持つ者にとっては、人々のニーズに対して我々が答える時代だ。 
私は言いたい。 「あなたが、本当にキリストを見本に生きている、真実な弟子ならば、自分の幸せのために生きることを止め、この現実を見て嘆こう!涙しよう!悪魔に対して心に聖なる憤りを覚えよう!苦しんでいる隣人に涙しよう!かけ引きなしで、彼らの心を理解し気持ちを受け入れてあげよう! この国には父の心を持つ人(男でも女でも)が必要なのだ。 頑固おやじや、口先だけのおやじ、人の心に無関心なおやじはもう要らない。 」

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by jinkun_40 | 2005-10-10 13:37 | Josie's Web
2005年 1月 7日 付けの「Josie's Web」です。

チェンジングを全国でしながら、社会の行き詰まりを感じる。
傷ついた子供たちの周りに傷ついた親たちがいる。
傷ついた親たちの周りに傷ついた祖父母がいる。
傷は食べ物がない時代では、忍耐力で隠された。
しかし、食べ物が得られるとストレス病と化した。

<祖父母の時代>
おじいさん、おばあさんの時代は軍国主義か、その影響を受け継いだ時代。 当時の殆どの結婚は恋愛ではなく、見合いか、政略的で強引なものだった。
武士道精神が残っており、御上に従うためにどんなに理屈が通らなくても、絶対服従の時代。
ひたすら我慢。
反論は許されない。
しかも貧しさの中で、すべてのことを耐え忍ばなければならなかった。

<両親の時代>
貧しさから這い上がって来た親たちに子供が生まれた。 自分たちは多くの苦労をしたので、子供には苦労させたくない。 しかし、それは衣食住における労苦をさせたくないということで、心の幸せではなかった。

父親は子供たちのために・・・必死に働いた。 そのために子供たちは自立するよりも依存的になって行った。
父親は会社に献身をし、家庭のことには背を向けた。 でも、これは祖父母のして来たことでもあった。 ライフスタイルは時代が変わっても同じパターンで受け継がれて行った。

母親は家をおさめた。 しかし母親は女性だ。 帰らない夫にストレスを覚え、子供を冷静に育てることはできなかった。 しつけは母親ではなく、父親の担当することだ。 父親は子供と関わらなかった。 ゆえに子供は大きくなって、人と関わることがどういうことかを知らないようだ。

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by jinkun_40 | 2005-05-04 10:30 | Josie's Web
以下は3月29日の記事です。http://www.icbc.net/JOSIE/20050329.htmlより

「私の兄弟たち。 多くの者が教師になってはいけません。 ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです。」(ヤコブ3:1)

若いときは、純粋な意味で神の為に(時に肉欲も混じって)、リーダー、牧師になることに憧れたりするものだ。
私の人生を振り返っても、キリストを信じて間もないとき、神の為に何かをしたいと考えた。 それはある意味では、リーダーシップのある牧師の働きを指していた。
始めて大きな伝道集会・クルセードに行った夜、滝元明氏の大胆な話し振りを見て、おれもあういう風に、未信者にズバズバと福音を語りたいと思った。

あれから30年が過ぎた。今はどう考えるか?
自分の場合、あれは若さ故の単なる野望かな・・・と思った。
今はできたら、リーダーなんてしたくない。 なぜなら、表に出る分だけ責任が増えるし、どこか知らないところで評価されるので、怖いと思う。
たまにありもしない批評を聞いて、話すなら私のところに来て堂々と言ってよと感じる。 私の耳に入ったのは数回だけであるが、忍耐と思いながらも嫌な気持ちになる。


日本は「出る杭は打たれる」競争社会なんで、目立つことをやると狙われる。 アメリカでは新しい試みをすると歓迎されるのに、この国では反対だ。
リーダーは育たない環境にある。 競争の価値観があるので、前に出ると引き下げようとする。
日本社会にヒーローが生まれて来ないのはココが原因だ。
正しい動機で忠実にリーダーの働きをしている方々、お疲れさま!
教師は、牧師は、リーダーはみんな覚悟しよう!
教師には格別きびしいさばきが下るから・・・

80年代、教勢に弾みがついて大きな教会になった。 三百人を超える若者と5つの株分け教会ができたとき、自分はリーダーにむいていると感じていた。
しかし、90年代に入って教勢が落ちたとき、私の心は世の終わりのようになり、自信は消えた。
 主任牧師をやめて副牧師に格下げして欲しかった。 いや、自分の責任を受け継いでくれる人を捜した。
が・・・見つからなかった。 神学校時代の友人に250人までに減った教会の後任になって欲しいと頼んだが、断られた。
オーストラリアのブリスベン、アメリカのフロリダ・オーランドに逃げようとしたが、道はふさがれた。 「牧師、教師なんか嫌だ!逃げたい!」と叫んだ。

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by jinkun_40 | 2005-04-24 21:41 | Josie's Web