じんくんのWEB日記


by jinkun_40
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「フライデーファックス 2005年 第40号 10月14日発行」よりの一部引用です。

アメリカ:ルカ10章2節後半のウィルス拡がりはじめる
 ハウスチャーチコーチのジョン ホワイトと、コロラド州教会開拓の南部バプテストディレクターであるケニー ムーアの二人が、2002年10月2日に朝食を共にしたときに、何か非常に特別なことが起こった。 二人ともキリストのからだの生きた現れが、コロラド全体を覆うのを見るという情熱を持っている。 最後のモーニングコーヒーを楽しんでいる間に、彼らの思いはルカの福音書の9章と10章に向けられた。 この箇所は、主がギアをシフトし、世の終わりまで模範となる土台が据えられた箇所だということが解った。 この箇所までは主ご自身が働きをされていた。 そしてここで主は12人を送り出し(ルカ9:1~6)、次に他の72人を遣わされた(ルカ10:1)。 「あらゆるところに、キリストの臨在を現す教会を開拓するための、二人組の42チームができたのです」と、尊敬された宣教師であり、『大宣教命令アップデート(The Great Commission Update)』の発行者であるジム モンゴメリーは記している。 
また、ジョン ホワイトは次のように語っている。 「私は有頂天になるところでした」。 「もし私に、コロラド州のための42の教会開拓チームがいたらと。 
しかしイエス様が語っていることは実に私たちを驚愕させました。 『畑は実っているが、この42チームはとても少ない』ということです。」 収穫は問題ではない。 決定的に欠落している要素は、収穫のための適切な数の働き人である。 どのように使徒的な教会開拓者を得たらよいのだろうか。 ルカ10章2節後半は一つのことをするように言っている。 収穫の主に働き手を送って下さるように祈るということである。 ジョンとケニーはこの「10:2b」の祈りをこの日から、可能な限り毎日一緒に祈ることを誓い合った。 それから毎日ジョンがケニーに電話をするか、ケニーがジョンに電話をして祈るようになった。 お互いにつながらないときには、ボイスメールに祈りを残しておいた。

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by jinkun_40 | 2005-11-24 17:18 | Friday Fax

「ふうけもん」

b0039295_207129.gif昨日「VIPあざみ野」の集まりで「右近勝吉」さんの話を聞いた。
右近さんの話を聞くのは、2度目です。
この人は不思議な人です。 話はお世辞にも上手とは言えません。 
でも人をひきつける魅力のある人です。
飾らず、講演にも作業着で来られます。
この人にふれていろいろな方々が力をもらっています。
それは本を読むと良く分かります。
ただ、そのいのちを体験するには、一緒に過ごすことだろうなと思います。

私が読んだ本は、「人のために人となる人―元祖便利屋の心意気」ですが、現在発売されていません。
今読むことが出来る本は、「平凡な私が月300万円稼ぐ7つの理由」です。

この方を紹介する映画を現在制作しようという動きがあるそうです。
詳しくは、「ふうけもん」を見てください。

インターネットで検索するといろいろヒットしますが、その中から紹介します。
「ニート」
これは月刊誌「いのちのことば」というものに連載している文章です。
便利屋、右近勝吉の半生
これはハーベストタイムというテレビ番組でのインタビューをもとにしての文章です。
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by jinkun_40 | 2005-11-23 20:30 | 日記

「夜回り先生リンク集」

皆さんは、「夜回り先生」と呼ばれている水谷修さんを知ってますか?
ご存知ない方は下のリンクからたどって見てください。
感動ものですよ。

「夜回り先生」
「水谷修(Wikipedia)」

「この人、この時(毎日新聞)」
「夜回り先生インタビュー(小松成美)」

「水谷の遺伝子」
「夜回り先生応援ブログ」

その他にも、Google  を開いて、"夜回り先生" "水谷修" を検索ウインドウに入れて検索するといっぱいヒットしますよ。
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by jinkun_40 | 2005-11-09 20:55 | その他
「先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者をみましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。」(マルコ9:38)

先日紹介した「ミッドライフ」という文章の中にこんな事が書いてあった。
アメリカで男性の「中年期」に関する本を書いてベストセラーになっているパトリック・モレリー氏は人生の前半、後半で価値観が以下のように変わるという。
1)「能力」で判断するより、その人の「人となり」に関心が向く。  2)「消費」する人生から「貢献」する人生へ  3)「パフォーマンス」から「意味」へ
4)「単なる成功」から本当の「人生の成功へ」  5)「達成」から「意義へ」  6)「行動」から「平和」へ  7)「結果」から「美」へ  8)「効率」から「美学」へ
これをまとめると、「方法論から本質へ」「目に見えるものから目に見えないものへ」の変化と言えるかな。
クリスチャンや教会、キリスト教団体の働きを見ていて、その働きが方法論や結果に目が向きすぎているなと思う時がある。 そして自分のやり方を理解してもらえなかったり、批判されたり、教えられたりした時には相手を批判し、攻撃したくなる事がある。

でも、イエス様なら「やめさせることはありません。」(マルコ9:39)と言われるのだろうと思う。
自分と方法や価値観が違う人たちを裁く必要はない。 
いやし、奇跡、悪霊追い出し、伝道方法、賛美などいろいろな方法、働きがある。
それらを自分の考えややり方と合わないからと言って裁くのは天のお父さんの心ではないですね。
お父さん。 あなたの心で生きる者としてください。

パウロもピリピ1:17、18で
「他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです。 すると、どういうことになりますか。 見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。 そうです、今からも喜ぶことでしょう。」
って言ってますね。
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by jinkun_40 | 2005-11-09 10:16 | ディボーション
「ICBC NEWS」 よりの引用です。

2005年 11月 6日 7年間摂食障害解放される
先週の土曜日に持たれたココ楽セミナーに7年間摂食障害で苦しんでいた20代後半の女性がいた。 以前チェンジングに出たが感情が出て来ず、変化が少なかったという。 夜中まで過食し、吐き、朝7時から苦しいまま仕事に向かうという毎日から自由になりたかった。 解放は土曜日の夜と日曜日の夕方の二回持った。 一回目は小学生時代に受けたいじめのトラウマが出て大暴れした。 その時はひきこもりの中人格が外に出たので、今までとは違う自由な感覚が持てるようになった。 でも何かが引っかかっているということで、日曜日午後に再び持った。 父親はいい人であるが感情を持たないロボット人間。生まれた時からずっと希望を持ちコミユニケーションを取ろうとしていたが、無理だというところに導かれ、神に委ねる祈りをした。 その時涙がいっぱい流れて行くのを自分で見て、「信じられない。こんなに期待していたなんて・・・」と言った。
その時、私は命じた。 「父親への期待と諦めの中に入り込んだ悪霊よ。 摂食障害の背後で働いている悪霊よ。 出て来い!」 するとかなり強い悪霊が正体を現した。 30分間格闘した後、悪霊は出て行った。 本人は大喜び。 平安のうちに帰宅した。 今までに摂食障害から解放された人は多くいるが、今回のように二回で治った例はない。 これはすごいことだ。 なぜなら摂食で苦しむ孤独な子らが山ほどいるからだ。 彼女たちは偽りの価値観で苦しんでいる。 (10/31)

「服部さんコメント」(11/6)
「親はいい人だが感情を持たないロボット人間」という言葉は、私の臨床現場でよく聞く言葉です。こうした親は親や世間の期待にそって人生を生きてきた人たちです。 社会的には成功しているが、動くより、動かされる人生を歩んだ自由意志をもたない人たちです。 彼らは自分も子供含めて、いつでも個人の自由を否定します。
こんなロボット人間をつくる社会は崩壊の運命にあります。 神が日本を導かない限り、日本に明日はないでしょう。     服部
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by jinkun_40 | 2005-11-09 10:10 | ICBC NEWS

「ミッドライフ」感想

前の記事で、人生のコーチより「ミッドライフ」という文章を紹介したけれど、その感想です。
人生の前半一応のことをやってきて、何か空しさを感じている。 かといってこの先も見えない。 ある人は30代までは浅い、流れの早い川であると。 
40になると急に川幅が広がって湖に出てしまう。 対岸を見つけるまで数年かかるという訳だ。 この時期、もう一度自分を見直し、現在地を知ろうとする。 また、いままでの価値観が変わってゆくのを体験する。 
うすぺっらなものから「本物志向」に変わる。
これを読みながら、ここ数年の自分の姿にピッタリだなと思った。
自分は今45歳。 広い湖の中で、岸が見えずに右往左往している。
なんかとても不安定な感じです。 早く岸に着きたいな~。

そんな事を思っていた時に、「舟に乗り込まれると、風がやんだ。」(マルコ6:51)を思い出した。 イエス様に舟に乗ってもらえばいいんだ。
イエス様は「しっかりしなさい。 わたしだ。 恐れることはない」(マルコ6:50)
って言ってくれてるんだもんね。
イエス様、一緒に岸を目指しての船旅を導いてください。
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by jinkun_40 | 2005-11-08 17:56 | 日記

「ミッドライフ」

以下の文章は「人生のコーチ」11月7日号よりの引用です。

「ミッドライフ」

「中年の危機」という言葉がある。 ものの本によると正確には「中年の危機」と「更年期」とは正確には違うらしい。 前者は精神的なもの、後者は肉体的なものによることが多い。 前者は35-45歳であらわれ、後者は男性でも女性でも45-55歳におこると言われている。 筆者も体験済みだが、30代の時とは体力が半減している。
孔子は40にして迷わずと言うが、実際40代は一番迷いが多い。 人生の前半一応のことをやってきて、何か空しさを感じている。 かといってこの先も見えない。 ある人は30代までは浅い、流れの早い川であると。 40になると急に川幅が広がって湖に出てしまう。 対岸を見つけるまで数年かかるという訳だ。 この時期、もう一度自分を見直し、現在地を知ろうとする。 また、いままでの価値観が変わってゆくのを体験する。 うすぺっらなものから「本物志向」に変わる。

アメリカで男性の「中年期」に関する本を書いてベストセラーになっているパトリック・モレリー氏は人生の前半、後半で価値観が以下のように変わるという。
 1) 「能力」で判断するより、その人の「人となり」に関心が向く。
 2) 「消費」する人生から「貢献」する人生へ
 3) 「パフォーマンス」から「意味」へ
 4) 「単なる成功」から本当の「人生の成功へ」
 5) 「達成」から「意義へ」
 6) 「行動」から「平和」へ
 7) 「結果」から「美」へ
 8) 「効率」から「美学」へ

人生の後半は健康のためにも少しリラックスして、「好きな」ことにフォーカスし「友達」を大事にし、神の創造の美を味わい、仕事は半分くらいの気持ちでいるのが良いかもしれない。
曽野綾子さんは「人生は中年以降にしか熟さない」だから中年こそ「見る目」を持って人生を見れる時期なのだという。 だからいいこともある。

■今週のことば■
「かなりの期間、岸を離れない限り新しい島を見つけることはできない。」 Andre Gide

ご感想お待ちしています。
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メールアドレス:askjinsei@yahoo.co.jp
毎週月曜日更新
主催:あなたを応援するライフコーチ  KAZU 栗原
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by jinkun_40 | 2005-11-07 11:20 | 人生のコーチ

マルコ4章

11月3日にしたディボーションの一部です。

「ただ、ご自分の弟子たちにだけは、すべてのことを解き明かされた。」(マルコ4:34)

4:10に「さて、イエスだけになったとき、いつもつき従っている人たちが、十二弟子とともに、これらのたとえのことを尋ねた。」とあります。
弟子達もイエス様のたとえ話が分からなかったのですね。
自分も聖書を読んでいて分からない事があるから、親近感を持ちますね。 (o^_^o)
質問した弟子たちにイエス様は説明してくれています。
同じような特権が自分にも与えられているんだなと思う。
わたしの内には、聖霊なる神様が住んでいてくださる。 
この聖霊様はイエス様と双子のような方です(ヨハネ14:16)。 
そしてこの方は「そそぎの油」とも呼ばれていて、「すべてのことについてあなたがたを教え」(Ⅰヨハネ2:27)てくれるのです。
この聖霊様に聴くと、イエス様が弟子達にすべてのことを教えてくれたように、私も教えてもらえるのです。 うれしいね!

最近は、エディのディボーションの質問を使って聖書を読んでいるけれど、何か質問に正確に答える事に思いが向いていた事を思った。 また質問の答えを一生懸命自分の頭で考えていたように思う。
これってみ言葉を黙想している事じゃないね~。 聖書のお勉強だ。 (>_<)
黙想するって、聖霊様に質問しながら、会話する事。
「この質問はどういう意味ですか?」 
「この事は自分の生活とどう関わりがありますか?」
とか聴いて教えてもらう。 それでも分からなかったら、また聴いて。
そして悟って嬉しかったら、感謝や賛美して。
ある時はとりなしたり、悔い改めたりして祈る。
こんな交わりをする事。 天のお父さんはそれを望んでいるんだなと思う。
あとうさ~ん。 ありがとう。 うれしいよ~。 (^o^)
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by jinkun_40 | 2005-11-06 18:39 | ディボーション
詩篇1:5は、バルバロ訳では「罪人は正しい人の集会に、耐えられない。」
となっています。 なぜ立てない(耐えられない)のだろう・・・

罪人とは、新共同訳では、「神に逆らう者」と訳されています。

「正しい者の集い」とは、「そうした人は、神様がお望みになることを何でも喜んで実践し、いつも、おきてのことを考えては、どうしたらもっと神様に近づけるかと思いめぐらします。」(詩篇1:2 リビングバイブル訳)という人たちが集まり、その恵みを分かち合い、告白し合い、祈り合っている集まりだと思う。

その中で起こる事は、「みなの者によって罪を示されます。 みなにさばかれ、心の秘密があらわにされます。」(Ⅰコリント14:24、25)という事ですね。

でも罪人(神に逆らう者)は、その光を拒否するので、正しい者たちの集まりにい続ける事が出来ずに、自分からその場を離れてしまう。
そのような人は結果として、手入れをされず、水が切れて枯れてしまう鉢植えの花のようになり「滅びうせ」てしまうという。

自分は光に照らされた時に、光から逃げていくゴキブリのような者ではなく、光に近寄ってくる虫のような者でいつもいたいと思う。 

天パパ! よろしくね。
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by jinkun_40 | 2005-11-04 14:47 | 日記
フライデーファックス 2005年 第37号 9月23日発行 よりの引用です。

ジョン チャチャ氏の物語
 ジョン チャチャ博士はタンザニアとケニアで、経済的には貧しい家庭で育った。 今日彼は、預言的教師であるリック ジョイナーのミニストリーパートナーであり、アメリカ バージニア州に住んでいる。 2005年7月にスイスで行われた『リーバイツ(レビ人)キャンプ』にて彼が語った、彼の半生を以下に紹介する。

[落ちこぼれから、家族への伝道者へ]
 「私は子どもの頃、貧しい人々からも『お前たちは貧しいな』と言われるほど、しばしば食べる物がありませんでした。 私は学校でもひどい生徒でした。 先生は私のことを落ちこぼれと呼び、私がいずれ泥棒になるだろうと予測していたほどでした。 しかし、ある人が私にイエス様について話してくれ、またキリスト教の教会に誘ってくれました。 私はそこで主と出会いました。 私の周りにいたほとんどの人たちはイスラム教徒で、その中からイエス様を信じた人たちは、しばしば大きな犠牲を払わなければなりませんでした。 ある若者が家族の人たちに、自分がイエス様を信じたことを知らせました。 すると、彼の家族は彼を列車のレールの上に寝かせ、ひき殺させました。 そのため、私は回心した後、複雑な思いで家に帰りました。 私は家族のみんなを呼び、自分がイエス様を信じたことを告げました。 父は非常に悲しみ、お前がイエスを信じるのなら家族にいさせるわけにはいかないと言いました。 イエスを信じることをやめないなら、お前を殺すと言いました。 私は信仰を捨てることができなかったので、父は私の頭蓋骨を砕こうと重い棒を振り上げました。 私はなすがままに任せました。 しかし棒が私の頭に当たろうとする直前で、その棒が超自然的にはね返りました。 父は私を3回叩こうとしましたが、棒は3回とも私の頭に当たらずに超自然的にはね返りました。 父はその棒を手から離し、泣き始めました。 今起きたことをだれも理解することができませんでした。 私は家族から離れ、それから3週間、昼も夜も聖書を読み続けました。 それから3ヵ月の間に、私の学校での成績が劇的に変化し、クラスで一番下のほうだったのが、一番上のほうになりました。 ついに、父は私を呼び戻しました。 父はベッドの横でひざまづき、こう言いました。 『わが子よ。 お前が信じているイエスを私も信じたい。 私がイエスを受け入れるために祈ってくれないか。』 今では、私の家族はイエス様を愛しています。 私の母や何人かの兄弟たちは牧師をしています。」

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by jinkun_40 | 2005-11-04 14:17 | Friday Fax