じんくんのWEB日記


by jinkun_40
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b0039295_2103464.jpgこの写真は小学生の低学年くらいかな?
かわいいでしょ。 (笑)

自分は母の前で高校時代に一度だけ、ギターの弾き語りをしたことがあります。
「花言葉」という歌です。
母が「この歌は○○の歌だね。」と聞き終わってから言ってくれました。
○○のところの言葉は覚えていませんが、受け止めてくれたように感じて嬉しく感じました。

この事をこの前ドライブしながら、思い起こしました。
そして思ったのは、自分は母から受け止めてもらった体験が少なかったのかもしれないなと言う事です。
だから、歌の感想が今も残っているのかもしれないと思います。

母は夫(私の父)の機嫌をいつも気にしていました。
父は怒ると大きな声を出す人でした。 
そんな父を怒らせないようにと母はしていました。

母がなくなる少し前に、僕は救いの証を読んでもらったことがあります。
それに対する母の応えは、
「お父さんが生きている間はお父さんの嫌がる事はできないよ。」ということでした。
(歪んでいる関係だよね。)

父は積極的に僕の気もちを否定していました。
母は消極的に僕の気もちを否定していました。

たとえば、中3の時に父に逆らって僕は髪の毛を伸ばそうとした事があります。
その時に、父ははさみをもって僕の上に馬乗りになり、力ずくで僕の髪の毛を切りました。
その時、母は何も言いませんでした。

父の事も辛い出来事でしたが、母が何も言ってくれなかったのも僕には辛い経験だったように思います。
ただ、母は自分自身が父との事で不安で、僕の気持ちがたとえ分かっていたとしても受け止める余裕がなかったんだろうと想像しています。

こんな両親の元で育った自分の中にはある一つの確信がありました。
それは
「どうせ誰も自分の事なんか分かってくれない。」
という思いです。
そして
「人から分かってもらうことをあきらめる。」
そんな決心をしていたように思います。

分かってもらえない辛さを感じたくないから、人に期待しない。
分かってもらおうとして期待して後でがっかりしたくないから。
だから、あまり説明をしないで
「ほーら、やっぱり分かってくれないじゃないか。」
と思って自分を守ろうとしていた事が多くありました。

1~2年前にこの事に気が付いて、この「内なる誓い」を断ち切るお祈りをした事があります。

今でもそんな思いがやって来る時がありますが、気が付いているのでその嘘に騙されないように注意しています。
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by jinkun_40 | 2006-01-30 21:45 | 日記

「父の思い出」

b0039295_202256.jpgこの前、夜気分転換にドライブをした。 
どこに行こうかと考えていて、自分が生まれた町(横浜市港北区綱島)に行ってみようと思った。
車で20分くらいかな。 
そこに行った後、母方の祖母の家に行った。 
同じ綱島にある。 
そこに行くのは、30年ぶり以上だと思う。 
小学生の頃は時々遊びに行っていた。 
泊まったりした事もある。 

その後、卒業した高校の近くに行ったりした(道を間違えて学校までは行けなかった。 汗)。 
そんなふうにして帰って来た。 
2~3時間のドライブだったかな。 

そんな中で思い起こしたのは、父の事だった。

自分は昔は父が大嫌いだった。 
僕の話を聞いてくれなくて、父の価値観を押し付けられてずっと来た。 
勉強でも野球でも、父のアルバイトの仕事の手伝いでも。
父は僕の為に良かれと思って押し付けて来た。

父は子どもの時に親戚に預けられて苦労している。
また戦争の時にもマラリヤに罹って死に掛けている。
そんな中で父の価値観には「強くないと生きていけない。」
みたいな考えがあったと思う。 
姉二人の後に生まれた僕は甘えん坊で、泣き虫だった。
それではこの世界で生きていけないと思ったんだろうと思う。
そして父の価値観に合うように僕にいろいろ言って来た。

でもそんな父を僕はずっと避けていた。


それなのにドライブしながら思い出すのは、不思議な事に父に関係する事が多かった。

この道は子どもの頃、父の車で走った道だなとか、ここを左に曲がると父が車を買ったお店があるとか、ここの道は父に教えてもらって僕が会社に車で行く時に通った道だなとか・・・。

そんな事を思った時にとても不思議な気持ちがした。
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by jinkun_40 | 2006-01-30 20:15 | 日記

「ナルニア国物語」

3月4日に全国ロードショー公開される映画「ナルニア国物語」のリンク集です。
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 映画「ナルニア物語」
 「予告編」

○原作本の購入ページ
 「岩波文庫」
 「教文館」
 「amazon.com」

○解説ページ
 「ナルニア国物語について」(富山鹿島町教会)

○解説本
  「ナルニア国物語」ガイド -家族で楽しむために-
  「早わかりナルニア国物語とCSルイス」

○情報ページ
 「ナルニア国物語情報館」
 「ナルニアのみちしるべ」
 「NARNIA情報」
 「ナルニア国」
 「ナルニア国コレクション」
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by jinkun_40 | 2006-01-25 14:43 | その他

「自分で決める」

●ビジョン「自分で決める」 
◆「相手が決めたことを尊重する」 
◆「相手が聖霊に従えるように助ける」 
自分と他の人との関係で一番難しさを感じるのは、「相手が決めたことを尊重する」だなと思う。
言葉では自分で考えて、自分で決めるように家内や子どもたちにも話をする。
でも自分で考えて決めた事が、わたしの考えと違うとどうしてもそれを尊重するのが難しく、誘導質問したり、非難したり・・・。
自分自身は、尊重して欲しいし、聖霊の導きに従えるように助けて欲しいと強く思うのに。
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by jinkun_40 | 2006-01-23 21:33 | 日記
親の立場の方が、これを読んでいたら、考えた方がいいよ。
お父さん、お母さん、子どもは冷静に物事を見ているよ。
話しを良く聞いたらいいよ。 問題から逃げないこと。
子どもたちはバランスを持って親を見ているから、意見を大切にした方がいいね。
自分が変わるきっかけになると思うよ。
これは、「ジョシーのココロが楽になるブログ」からの引用です。
このタイトルの記事、とても感動です。
ジョシーの癒しの記事も良かったけど、上記の言葉もココロに残った。
自分も子ども達とこういう話を出来るようになりたいなと思う。
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by jinkun_40 | 2006-01-23 21:24 | 日記

「自分で決める」

ICBC NEWS からの転載です。
2006年 1月 3日 今年のビジョン ICBC 明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。元旦に今年のICBCビジョンをメッセージしました。 希望者はICBCのHPで聞いてください。
ということで、今年は個々が人間関係において、この段階の成熟まで目指しましょう!
「神の御霊に導かれる人は神の子どもです。」(ローマ8:14)
●ビジョン「自分で決める」 ◆「相手が決めたことを尊重する」 ◆「相手が聖霊に従えるように助ける」 
・神は神の子とされたひとり一人を信頼できる息子としてみておられる。
・あなたは正しいことを選び取る能力を持っている。 自分で決められる人々が結集したなら、すごい力となるだろう! 神が働かれる。(牧師)

2006年 1月 3日 「自分で決める」ことの大切さ 
 昨日田舎の父を尋ねた。妹たち家族も来ている中で帰り際、父の口から驚きの言葉が出てきた。 80歳で今も甲子工作所の看板を抱えて、鉄工所を営んでいる父の言葉だ。  「今日はみんなに謝りたい。」 「子供達には、迷惑をかけてしまった。」  「一番かわいそうなことをしたのは、死んだお母さんだ。」  「あの優しいお母さんがいて、今のお前達がいること・・・わかるよ。」 この後はブログに書いたので興味ある人は見てください。 私が驚いたのは、昔は今以上に封建的で家制度も強く、男親に逆らうことが許されず、『自分で決める』ことができない哀れな社会であったということだ。 身内の告白を聞いて、切実に感じた。 
http://blog.livedoor.jp/josie777kaihou/archives/50059432.html
http://blog.livedoor.jp/josie777kaihou/archives/50059256.html

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by jinkun_40 | 2006-01-19 19:52 | ICBC NEWS
ある大阪の仲間が幻を見たんだ。それは海の上で一生懸命ボートに乗り、オールで漕いでいる自分。前に進むために必死なんだ。一生懸命漕いでも進まない。そんな自分に「オールを捨てなさい」と語られた。「え?オールを捨てたら前に進めないよ!」って言い返すと、「オールを捨てて、帆を張りなさい。私の風で前に進みなさい。」と語られた。その声を聞いて、オールを捨て、帆を一生懸命張る。そうすると目的地に向かい、ボートが自然と進んでいくんだ。前に進んでいくと、自分以外のボートがたくさん見えてきた。中には必死にオールで漕いでいる人、帆を一生懸命張っている人。みんな目的地に向かって進んでいる。そんな幻だ。

この文章は Tacchi's Blog からの引用です。
オールを捨てるのは、確かに恐い。でも捨てて帆を張る時にすばらしい天ぱぱの恵みを体験出来るんだなと思う。
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by jinkun_40 | 2006-01-17 16:20 | 日記
 「御心じゃなかったらどうするのってねぇー。 大切なのは、あなたの動機でしょう。 自分の動機をよく吟味して、本当に、誠実に神様のために働きたい、宣教地に出たいと思ったなら、神様の御心はどうかなんて、そんなに心配しないくていいんですよ。 神様はダイナミッックなお方ですよー。 主に喜ばれることをしたいと心から願っているなら、主はあなたをどうにでも用いることができるんですから。」

この文章は「はちことぼぼるの日記」の「御心を間違えちゃったら」という文章からの引用です。

自分もみ心かどうか分からないので、結局しなかったという経験が結構あります。 失敗するよりも、何もしない方がいいという感覚。
日本人らしいとこかな・・・

でも天ぱぱは何をしたかという事よりも、どのような動機で行動したかに目を留めておられる方だと最近思います。
まさに、「人はうわべを見るが、主はこころを見る」だなと思う。

失敗を恐れずに、愛の動機でチャレンジしていきたいと思った記事でした。
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by jinkun_40 | 2006-01-16 15:57 | 日記
友達のたいちゃんのブログ「休職日記」に「父親との食い違い・・・」という記事がある。 とても印象的な記事だった。
その中に
俺たちが本当にあなたにとって価値があるというメッセージを、 『問題から逃げない』という形であらわしてほしい。
という言葉があった。
自分の子どもたちも同じような事を感じているかもしれないと思う。
と同時に自分も他の人との関係で同じような事を感じる事がある。

家内との関係でも共に天ぱぱの価値観で生きて生きたいと思う。
でも家内がそのような姿勢を見せてくれない時、とても寂しさを感じ、
それを怒りという形で自分はぶつけてしまう事が時々ある。

たいちゃんの記事を読みながら、そんな自分の姿を思った。
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by jinkun_40 | 2006-01-16 15:32 | 日記

「アサーション」

みなさんは、アサーションで聞いた事ありますか?
相手の権利を奪わない形で、
 自分の正直な気持ちを率直に表現し、
 そのことで自分が不愉快にならない、
 そんな人との関わり方が「アサーション」です。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/assert/assert.htmにはありました。

良いコミュニケーションを持つための道具です。

以前、こんな事を聞きました。
自己表現の3段階
1.まず自分の意見を何でもいいから言う。
2.相手が受け入れやい言い方をする。
3.自分も相手も満足する言い方をする。

自分にとって新鮮だったのは、1番目のことです。
1番目の段階を抜かしてすぐに2番目、3番目を目指しやすいなと思いました。
でもそれはかなり難しい事だということです。
自己表現するのが難しい人の場合は、まず自分の考えを話すところから
練習をスタートする事が大事なんだなと思いました。

みなさんはどうですか。
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by jinkun_40 | 2006-01-13 21:20 | 日記