じんくんのWEB日記


by jinkun_40
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<   2006年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

以下は「ボケ老人はどうして起こるか?(我々の見解) 」
からの引用です。

今回雄ちゃんとの話しの中で、
認知症(前は痴呆症)の話題が数回出た。

*ここでは申し訳ないが「ボケ」
を使わせてもらう。分かりやすいので・・
   

オレのキャンプやセミナーの中に、心理士をしている仲間がいる。

ある日、一人の女性心理士から、
日本では半数以上が年をとってから、
ボケになっている、と聞いた。

ええ~~~~っ、半数以上が・・・
          

それから認知症、ボケについて自分なりに考え始めた。

そして、心理学者の雄ちゃんの意見が欲しくて、聞いた。


自分の講演の中でも、調子に乗って、
「若いうちに心を開いて、心の傷を癒しておかないと・・・」
「本心で人に話せるようにしないと、年をとってからボケになるよ~~っ。」
と、宣言してしまったこともあった。
間違っていたら、まず~~~いと、思ってね。

確認、確認

「雄ちゃん、どう思う?」
もう一年も前のことだ。
そのとき、「解離性障害じゃないかな。」と、彼は言った。


今回は、雄ちゃんとの話しの中で、
ボケが解離性障害、2重人格の結果であると、
再度、確認しあった。

つまり「潜在的ひきこもり」
日本の人口の6~8割いるぞ~~~~っ。
2つの人格がある。

頼むから、そういう人を変な人と見ないでくれ!
あんただって、可能性があるんだから・・・
悪く言われたら、いやだろう?


ここに、たったの1回、ボケについて書いているだけだが、
日本の将来に関わる大問題を、
さらっと、

解離性障害という仮説を立てて、

解き明かそうとしているのだ。

雄ちゃんは言った。
「アメリカには、アルツハイマー老人はいるが、日本のボケ老人の症状はない。
アルツハイマーは、脳が溶けてしまう病気でボケとは別。
しかたがないもの。」

それで、オレはこうまとめてみる。
いい表現じゃなくて、ごめん。こんな定義かな・・・

「ボケは、表人格(対面上の演技している見せかけ人格)が、
会社を退職して家の中に留まるようになり、
不必要なために崩れた。

それで、中に埋もれた子ども人格
(子供の頃から受けとめられた体験がないために
引っ込んでしまっている自分/本人も気付いてない)が、

ナンキン袋を何重にもして、閉じ込められたような感じで、
出て来ること。」かな・・・・・・・・・
中にいるのは、トラウマを持って、恐怖におののいている、傷だらけの子ども。

子どもの頃、ひっこめてからは老人になるまで、出したことがない。

隠れたまま・・・・
(この手の人は自分を見事に隠し、いい自分を見せている)
   
今まで生きてきたのは、偽の人格だ。
感情がないのが特徴。感情があるように見せるけどね。
世間体、人に受け入れられるために合わせてきた人格。


☆★☆★ 今からは、全国の読者への特別サービスとして・・・・

*****防止法を書くよ*******

<2つあり得ると思う>

あなたは、誰を考えてる???

自分のこと・・・
それとも、自分の家にいる親かな???

1)今のうちから、本音で生きる癖をつけること。
  気持ちを正直に伝えること。いやならいやと・・・

(注意) 世間体で生きている人が危ない。
終身雇用の人・・・・   

<Help>
このブログに、「自分で決める」レッスンがあるので、
信頼できる人と、本音の話しをすること。
気持ちを話せるコミユニティ(小グループ)が必要だね。

2)死ぬまで忙しく働いてもらうこと。(解放癒しは無理な場合)
長い休暇を持つと、ボケが出るはず。
米国人は老後夫婦でフロリダなんかに家を買って、
のんびり過ごすが、
2重人格老人がそれをすると、ボケが出るかも・・・
  
死ぬまで仕事すれば、表人格が崩れないから、ボケ防止になる。
死ぬまで、対面上の緊張を持ち続ければいい。
(本当の解決じゃないけどね)
緊張状態を死ぬまで保てばいいわけだ。(ホントはいやネ)


ということで、
<今日のジョシーの結論>

表人格(建て前)
と中人格(本音)を、使い分けて生きてきたことが原因だから、
自分を生きたことがない人に起こる現象だ。

ボケの年寄りが、子供の頃の話しするでしょ!
端から見ると、何をしてるか分からないが・・・
お父さん、お母さんに何かを訴えているような話ししてるの、見たことない?

つまり、中人格から傷が出てんだよ。

解離性障害のようだね。

ということで、このブログで書いていることは、
めちゃ重要だと思わない?


日本文化が、権威を持った身近な人間を使って、
心に恐怖心をあおり立て、不幸な人間を大量生産してきたんだ。


子供時代・・・甘えることもできず・・・不幸

思春期時代・・・親から信頼されず、いじめもあり・・・不幸

結婚生活時代・・・ひきこもりがあると、本心も言えず・・・不幸

年をとって、会社、役所から使い捨て・・・ボケになり・・・不幸


臭いものにふたをして、隠すのはやめよう!
     
問題を、問題としよう!
     
オレは真剣に日本のことを考えているから、言ってんだよ。

◆ これは日本独特のものと、理解しよう! 
「自由」と「愛」と「正義」がない国の文化から発生したものだよ。
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by jinkun_40 | 2006-02-21 18:11 | 日記
よく、人の心の中には神さまのかたちをした空洞があり、それは神さまによってでしか埋められないと言う。本当にその通りだと思う。 しかし今日の礼拝のメッセージで、人の心には神さまの形をした空洞に加えて、もう一つの空洞があると聞いた。 それは、人のかたちをしていて、人によって埋められるようにと神さまがデザインし、御自身ではあえてそれを埋めることはなさらない空洞だと言う。

これは「はちことぼぼるの日記」からの引用です。
「人の心の中には神さまのかたちをした空洞があり、それは神さまによってでしか埋められない。」という言葉は哲学者パスカルの有名な言葉です。
これはよく聞いた事がありました。

でも「人のかたちをした空洞」という言葉は初めて聞きました。
この言葉を聞いたのは初めてですが、セルで強調している事はまさにこのことだなと読んで思いました。
「神様と親しい関係をもっている」という人はよくいます。
でもその人の人間関係を見る時に、不健全さを感じる事がよくあります。

これって天パパが望んでいる事なのかな? て思う。

人は「分かり合える関係」の中で生きるように造られている。
せめて家庭が、友人関係が、教会がそうであって欲しい。

でも今の社会はそうではないですね。
その為に社会が滅茶苦茶になっているのを思う。

自分に出来る事はなんだろうか・・・
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by jinkun_40 | 2006-02-20 20:41 | 日記
以下はフライディファックス49号よりの一部引用です。
中国:農家の娘たちを用いて神は何をなさることができるか

「リン姉妹は、純真で、容姿も普通の農家の娘ですが、キリストの美しさと恵みが彼女の目のうちに輝いています」と、『リバイバル チャイニーズ ミニストリーズ インターナショナル(RCMI)』は報告しています。
「1991年、中国の中部にある河南省では、厳しい迫害が起こりました。 
リン姉妹の家族は離散しました。 
彼女と夫の間には7歳の娘がいましたが、彼らはその子を別のクリスチャンに預けなければなりませんでした。 
このひどい状況にあって、リン姉妹の教会は彼女ともう一人のクリスチャンを、霊的な開拓者として中国北東部にある遠い地域に派遣することを決めました。 
彼女が旅立とうとする日の午前2時、彼女は夫と共に自分たちの娘が住んでいる村に忍び込みました。 
少女は目を覚まし、両親を見たとき泣き出しました。

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by jinkun_40 | 2006-02-17 19:43 | Friday Fax
上記のタイトルはジョシーのブログに投稿された、服部さんの記事のタイトルです。
服部さんの記事を読みながら、正直にこういう事を書ける人って素晴らしいなと感じた。
初めはうるさそうにましたが、
  やがて高校生活のことをポツリポツリと語り始めて、
     友達とうまくいかないとか、
        学校内で寂しくなる時があるなどと話すようになりました。
自分にも高校生の娘がいる。
娘は遠慮しているというか、あきらめているというかあまり頼んでこない。
でも少し前から部活で遅くなる時には近くの駅まで車で迎えに行くようにしている。
娘から「迎えに来てくれる」とメールがあると、嬉しいので少しくらい疲れていても頑張って迎えに行こうと思える。
この前も娘に「最近○○ちゃんのことかわいいなと思うんだよね」と話した。

娘は長女だったので、2~3歳位まではかわいい、かわいいで育てていた。
でも甘すぎたかなと思って途中から厳しくした。
でも今から思うと厳しくしすぎてしまったように思う。

娘の中には、厳しい父というイメージの方が強いと思う。
娘と関係が回復して、もっと話が出来るようになりたいなと思う。

皆さんもまだこの記事を読んでいなかったら、読んで見てください。
「子どもに謝ることの大切さ」(服部雄一)
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by jinkun_40 | 2006-02-17 11:10 | 日記

「帆を張ろう!」

以下は Be One Church のブログからの引用です。
15ヶ月前のリトリートのことです。
祈りの中でこういうストーリーを見ました。

僕はボートに乗っていました。
一生懸命オールを動かして前に進もうとしています。
ゴールを目指しています。

突然、声がしました。
「オールを捨てなさい。」

「えっ?」
耳を疑いました。
オールを捨てるということはリタイアを意味すると思っていました。
僕は声を振り切り、
一度止めた手を再び動かしました。

すると再び声が聞こえました。
やさしい声でした。
「ゆうじ、オールを捨てるんだよ。」
「私はあなたに風を送ってるよ。安心して。
その風はわたしが決めたあなたの人生のゴールまで
あなたを導くよ。」
「だから、ゆうじ、オールを捨てて帆を張りなさい。」

ひとつの聖書のことばが心をめぐりました。
ヨハネ15章
わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

帆を張るとは神とつながることなのかあ・・・。

オールを捨てるのには勇気がいります。
しかし、決心が必要です。

オールを海へ投げ、
帆を張りはじめました。
だんだんと風をとらえていきます。
このとき、オールのときよりも体力を使ったのには驚きました。

少しづつ少しづつ前に進み出しました。
景色が変わってきました。
遠くのほうに数隻のボートが見えてきました。
同じように帆を張り、
風を受けて進んでいます。

さらに進んでいくと、
数えきれないほど多くのボートが見えてきました。
皆、帆を張っています。

「ゆうじ、わたしの風だけで進んでいるボートとこれから会うようになるよ。
その人たちと協力してゴールを目指しなさい。」

最近のトレーニングでは「聖霊の満たし」や「神の声を聞く」ということを特に大切に扱っています。
WWJD(キリストならどうするかを考える)は大切です。
と同時に「キリストに聞いてみる」も大切です。
神の不思議を経験する鍵だと思います。

キリストにつながろう。
聖霊にチャンネルを合わせよう。

最近、口ぐせのように言う言葉。
「失敗してもいいよ。」
失敗かなあと思ったら一緒に学ぼう。

生まれてすぐに歩けた人はいない。
三歩歩いて倒れたら、
天の父は二歩歩いたことを喜んでいるよ。
喜んでる父の声に耳を傾けよう。
「よくやったね。二歩も歩けたね。」

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by jinkun_40 | 2006-02-17 11:04 | 日記

「一人旅」

今、息子が一人で旅行に行っている。
自分でいろいろ調べて出かけて行った。

そんな息子を見ながら自分の大学1年の時のことを思い出した。
自分は大学1年の授業が終った2月末から3月の末にかけて一人で広島に出かけた。
友達から寝袋を借りて公園とかで野宿する予定だった。

広島に行った理由はいくつかあった。
当時自分は広島出身の「吉田拓郎」に憧れていた。
広島には文通していた友達がいた。
その娘は拓郎と同じ「広島皆実高校」の出身でした。
また当時好きだった作家「三浦綾子」さんがクリスチャンだったのでキリスト教にも興味をもっていた。
文通していた彼女は「広島キリスト教会」に行っていた。
吉田拓郎などを通じてヒッピー的なことに憧れていた。

広島に向かう朝、寝袋を貸してくれた友達が新横浜駅まで見送りに来てくれた。
途中まで新幹線で行って、途中から各駅停車に乗り換えた。
広島の駅が近づくに連れて、電車の中は人がいなくなってすごく心細くなった。

夜10時過ぎ頃に駅についた後、どこかで野宿をしようと駅の近くをブラブラと歩いた。
多分「駅前橋」あたりの川沿いの公園だと思うが寝袋で寝ようとしたが、寒くてあきらめて広島駅に戻った。

駅のベンチで夜を過ごそうと思っていると見知らぬ男の人が声をかけて来た。
一人目の人と近くの喫茶店に行ってしばらく話していた。
するとその人が1000円くらいだったかな、くれてこれでどこか泊まったらと言って帰っていった。 
後で考えるとその人の目的はいかがわしい目的だったような気がする。
その次に声をかけて来た人に自分はついて行って、その晩その人の家に留めてもらった。

次の日に文通の彼女に会って、その日の夜からは教会でずっと留めてもらった。
その間にイエス様を信じるようになった。

当時は携帯電話もないので、今のように簡単には連絡はとれなかった。
親に泊まっていた教会の電話番号は知らせたけれど、ほとんど連絡はしなかった。
親はどんなふうに思っていたのだろうか?
心配だったかな・・・
自分ならとてもそんな事許さなかったと思う。

そんな事を思い起こしながら、子離れしないといけないな~と感じています。
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by jinkun_40 | 2006-02-08 16:19 | 日記

「謝らないと叱られる」

何が理由か分からないが、父親は良い子でいなさいと、娘を玄関につまみ出して、謝るまで、部屋に入れなかった。(何度もした)
娘の心には恐れが支配し、おしっこをちびった。 
すると、また怒った父親が、娘をつまみ出した。
上記の文章は「謝らないと叱られる」からの引用です。

昔、旅行先で長女を叱って車から引きずり出したことがあります。
去年そこを通った時に長女に謝りました。
そしたら「お父さん、前に通った時も謝ったよね。」
と返って来ました。

その場所は、沼津市戸田の「よしの滝」の駐車場だと思います。

そんな出来事をジョシーのブログを読みながら思い出した。

「長女よ。ごめんね。」


自分は父親から小学生の頃、勉強をさせられていた時に、
分からなくて父にいろいろ言われ泣いてしまった事がよくあった。

なんせ父は私の姉の時には50CMくらいの竹の物差しをもって勉強を教えていたという。

自分が泣くと、父は「泣くんじゃない」と言って叱った。
そうすると僕はよけいに泣いてしまった。
そしてまた叱られるということの繰り返しだった・・・

そのようにして育った自分の中には
「押さえ切れない怒り」
「恐れ」
「劣等感」
「人間不信」
などなどがあったな~と思う。
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by jinkun_40 | 2006-02-08 14:45 | 日記
「日本アダルトチルドレン協会」のページに以下のような説明がありました。
ACとは、子供時代に主に親子関係の中で心の傷を受け、この心の傷が癒される時期が無いまま成長し、その影響で現在も“生き苦しさ”に悩んでいる成人を意味しています。

「アダルトチルドレンの問題」のページには以下のようなACの特徴が書いてありました。 それぞれについての説明はリンク先を見てください。
*先取り不安と時間感覚の障害
*見捨てられ不安
*マインド・リーディング
*承認欲求と愛されたい願望
*テスティング
*親密感と距離感の問題

*対人恐怖
*自他の境界線の問題
*白黒思考
*完璧主義
*パワーゲーム思考
*自己主張の問題

*責任感の問題
*自分の感覚や感情への不確実感
*怒りの感情と、その表現の仕方(伝え方)の問題
*淋しさの感情 と、その感情との“つきあい方”の問題
この特徴を読んで自分が思い当たる(思い当たった)ものを青文字にしてみました。
ん~ん。 ほとんどだ。 (^_^;)

「アダルトチルドレンの役割」というのでこんなのもあった。
*ヒーロー、スパーチャイルド(優等生・英雄)
*スケープゴード(暴走する子・いけにえ)
*ロストチャイルド(忘れ去られた子)
*クラウンマスコット(道化師)
*ケアテイカー(なだめ役・ミニカウンセラー)


「アダルトチルドレン(赤城高原ホスピタル)」
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by jinkun_40 | 2006-02-06 17:22 | 日記

「父との関係」

「喜んでオレ自由になった」
「子どもになるぞ~」
「かわいそうな父」

上の3つはジョシーがブログに自分の父親との関係について書いたものです。
その中にこんな言葉があった。
自分にとっては、「自分」が生きられないなんて、死んだ方がましなくらいの出来事だ。 だから、父に従って、家業を継ぐことは、「廃人」になることを意味していた。 自分の道を「自分は選んだ。」 しかし、おやじに愛され、認められることは「あきらめた。」
父親が支配しようとして関わって来た事は僕の場合と同じだなと思う。
でもそれに対する反応の仕方は逆だった。

僕は中3の時に髪の毛の事で自分の意見を通そうとして、父に力で押さえつけられた。
それから父に正面から逆らう事は、あきらめた。
それでどうしたか?
父を避けるようになった。
日曜日など休みの日はなるべく家にいないようにした。
また長期の休みの時は、短期講習に行って家にいないようにした。
普段でも夜になると、家から出かけて近所などをふらふらしていた。

自分は嫌な事があった時、自分と考えが違った時に、はっきりと「ノー」を言ったり、自分の意見を言う事が出来ないところがあります。 (NOが言えない日本人です。 笑)
それでどうするか?
黙ります。 そしてその場から逃げようとします。

僕は昔、エホバの証人の人と学びを1年間位してました。(クリスチャンになる前のこと)
その時に、質問されて自分の考えと違う事を応えないといけない時に、よく黙り込んでいました。

そんな事を思い出しました。
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by jinkun_40 | 2006-02-06 16:29 | 日記
「喧嘩する両親の姿を見て、ひきこもった」
これはジョシーの1月26日のブログの記事です。
これを読んで感じた事を書きます。

自分の両親もけっこう喧嘩をしていました。
印象的な喧嘩の例

・お正月のこと喧嘩して父がお皿か何かの食器を庭に面した扉のガラスに投げつけて割った事があった。 
 その後母がそれを片付けていた時かな、「もし食器をわたしに投げていたら離婚してた。」って言っていた。

・喧嘩が終わって母が洗濯機のある方に行ってウイスキーをストレートで飲んでいた時(よくしてたと思う)、父がウイスキーのボトルを取り上げてそれを流しに捨てた事があった。
 その時に母が泣きながら、それだけはしないでと父にすがり付いていました。 
その姿はとてもショックでした。 アルコール依存症になってしまうのではと思いました。

・両親が喧嘩していた時、自分は二階にいた事がありました。 その時に自分は二階で両親の喧嘩している内容をじっと聞いていました。
 聞くのはいやだったけど、自分で自分にそれを義務づけていました。
 それが自分のすべきことだと言い聞かせていました。 (歪んでるよね。)

あとの2つは自分が大学生の頃のことだった思う。

自分は結婚する時に、「自分が家を出たらあの父から母を守る人がいなくなってしまう。」
と思って辛かったのを覚えています。

自分と母との関係は母と子というより、親子逆転していて母の親代わりだったり、夫代わりだったりしていたように思う。
母はそう思ってはいなかっただろうが、自分の中ではそんな感じだった。

そういう面では母に甘えられなかったんだなと思う。
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by jinkun_40 | 2006-02-01 18:12 | 日記